「日本亡命期の梁啓超」

李海著            桜美林大学北東アジア研究所  3,000円+
書  評:五十嵐 貞一

皆さんは、梁啓超という人物をご存じだろうか?実は、評者自身も、「康有為とともに変法運動を行なった革命政治家」と言う程度の知識しかなかった。しかし、梁啓超は、1898年戊戌変法の挫折の後、日本に亡命し、西洋思想を吸収しつつ大革新を行なっている明治日本の思想にふれ、それを生かして中国の変革を実現しようと多面的な活動を行なった啓蒙家、思想家、ジャーナリスト、学者でもあり、その後の中国の社会政治に極めて大きな影響を与えた人物であることを、本書によって知ることができた。

本書は、筆者の博士論文を骨子とするものであり、研究対象が、特定の分野(日本亡命中の活動、特に「和文漢読法の編纂」「版権についての考え方」「詩界革命(バイロンの詩の翻訳))」「音楽教育思想」等)に特化し、その分野を極めて深く探求しているため、一般の読者には、やや、難解であり、馴染みにくいテーマであることは否めない。しかし、14年にわたる日本亡命中の梁啓超の多彩な業績にスポットをあて、日本人関係者とのかかわりについても詳述することにより、新しい梁啓超像を提示するとともに、明治という時代の日中の精神文明上のかかわり、中国と日本がおかれていた歴史的背景、当時の両国の文化人たちの社会変革に対する意気込みやその困難性についての焦りを生き生きと感じ取ることができ、そうした面からも、非常に興味深い研究である。筆者が、今後、学者として、ジャーナリストとして、益々、飛躍することを期待している。

「中日 対話か? 対抗か?」

李東雷著  日本僑報社  1,500+
書  評:五十嵐 貞一

本書について、評者が注目した点は、

@著者が、中国国防相の元中佐という経歴を持つこと

A極めて柔軟に、中国の現在の外交政策や中国世論の一般的動向と一致しない対日観を展開していること(著者は、例えば、中国国防相の日本公式訪問に随行した際の見聞や、エズラ・ヴォーゲル氏の中日関係についての講義などから、「中国人が、いかに日本を知らないか」を感じ取ったとしている。その柔軟な感性に敬服する)

B本書の内容は、中国国内のネット上で公開され、大きな議論を呼んでいるものであること

Cネット上での議論は、必ずしも、著者の主張に批判的なものばかりではなく、冷静に受け止める投稿も多く、中国世論が、反日一辺倒だとはいえないことが伺える由であること等である。

敏感な話題なので、評者の間接的コメントは控えて、できるだけ忠実に、著者の主張するところを、いくつか引用してみる。参考にして頂きたい。

1)歴史問題について:

「中日の歴史問題は古いテーマでありそれ自身がすでに一つの歴史問題になっている。歴史上、日本は何度も中国を侵略し、中国に悲惨な損失を与えた。これは誰もが認める歴史的事実である。(中略)日本はドイツのようには、侵略の歴史を徹底的に清算していない。私はこれも事実だと考える。第二次大戦後の世界と地域の安全環境の変化が、日本が侵略の歴史を徹底的に清算しなくて済む結果をもたらした。六十年後、高度に多様化した日本に再び歴史問題を徹底的に清算するよう要求することは、現実的ではない。」

2)領土問題について:

「私たちが今の智恵ではより良い解決方法を見つけられないのならば、ケ小平の智恵に戻るしかない。私は中日が争いを棚上げし、日に日に固定化する今の対抗思想を捨てなければならないと主張する。同時に両国政府と民間の対話と交流を強化し、中日両国の人々がさらに事実に基づいて歴史を理解し、現実を理解し、相手を理解し、更に自身を理解し、「求真務実」という基礎に立って未来に向き合うようにすべきだ。

3)現在の日本の軍国主義について:

「今の日本人はどんな様子か、中国人はあまり知らないだろう(頭から知りたくないと思っているかもしれない)。平和憲法で六十六年間洗脳された日本人、平和な環境の中で、私権、自由、民主(日本式民主)を十分享受してきた日本人、文人官僚の管理下にある日本人、戦後の各世代の考え方が戦争からどんどん遠ざかっている日本人、軍隊が国家化し、軍人は政治に参画しない日本。彼らがどうやって軍国主義に向かうのか教えてほしい。」

沖縄を狙う中国の野心  日本の海が侵される

 

日暮 高則

祥伝社新書 760円+税

●書  評:五十嵐 貞一

 
題名が、ややおどろおどろしいこと、また、中国の海洋進出戦略(及び日本としてそれにどう対応すべきか)の側面を強く意識して記述されていることから、いわゆる「親中派」の方々からすると、やや違和感が伴うかもしれない。 しかし、今後、資源・エネルギー・食糧等の問題が、深刻な国際的摩擦要因となることが避けられないと見られる現状において、国家にとっての海の支配権の重要性と国家間のパワーポリティックスの厳しさを冷静に考える意味で、特に、海洋国家として宿命付けられている日本人に対する強い警鐘として、極めて重要な問題提起となっている。

 また、係争島嶼についての双方の主張を、広範な資料を交え、判りやすく説明している点でも、一読の価値がある。

 同時に、本書が指摘する「現実」を認識した上で、グローバル化に向かう世界の中で、係争となっている島嶼に関係する諸国の国民が、「近代国民国家」の枠を超えた次元で、人類共有の大切な海の資源を、どう平和的に有効活用する道を見出してゆけるか、という地球的課題にも、思いをめぐらしていただくことを評者としては強く望んでいる。

 本書にも引用されているケ小平氏が述べた有名な言葉「(日中間で対立がある)こういう問題は、一時棚上げしてもかまわない。次の世代はわれわれより、もっと知恵があるだろう。みんなが受入れられるいい解決方法が見出せるだろう。」を、(尖閣問題についての政治的思惑を離れて)、日中双方の若者が、素直に受け止め、信頼関係の上に立って、適切な解決策を目指してくれることを期待する。